放生会

今年も始まりましたね、筥崎宮の放生会!

博多どんたく、博多祇園山笠にならぶ博多三大祭りの一つ、秋の訪れを感じる福岡の大きなイベントです。

9月12日(土)~9月18日(金)の期間、筥崎宮は多くの人で賑わいます。

放生会2 ※提供:福岡市

駐車場は満車、臨時駐車場もありますが、時間帯によってはものすごく待たされます。

12日・13日の休日は臨時列車もありますので、公共交通機関で行くのがいいと思います。

 臨時列車時刻表(市営地下鉄)

 

多くの人と、たくさんの出店で賑わう放生会。

葉のついた生姜やちゃんぽんを買い求める方も多いのでは?

おはじきは一度は購入してみたいと思うのですが、毎回瞬殺です。

放生会1 ※提供:福岡市

 

放生会(ほうじょうえ)

さて、もともと放生会は、仏教の「殺生戒」に基づいたものです。

福岡ではほうじょうやと言っていましたが、なまったのでしょうか?

起源については、Wikipediaに以下のように記載がありました。

金光明最勝王経』長者子流水品には、釈迦仏前世であった流水(るすい)長者が、大きな池で水が涸渇して死にかけた無数の魚たちを助けて説法をして放生したところ、魚たちは三十三天転生して流水長者に感謝報恩したという本生譚が説かれている。また『梵網経』にもその趣意や因縁が説かれている。

仏教儀式としての放生会は、中国天台宗の開祖智顗が、この流水長者の本生譚によって、漁民が雑魚を捨てている様子を見て憐れみ、自身の持ち物を売っては魚を買い取って放生池に放したことに始まるとされる。また『列子』には「正旦に生を放ちて、恩あるを示す」とあることから、寺院で行なわれる放生会の基となっている。

日本においては天武天皇5年(677年)8月17日に諸国へ詔を下し放生を行わしめたのが初見であるが[1]、殺生を戒める風はそれ以前にも見られたようで、敏達天皇の7年(578年)に六斎日に殺生禁断を畿内に令したり、推古天皇19年(611年)5月5日に聖徳太子が天皇の遊猟を諫したとの伝えもある[2]聖武天皇の時代には放生により病を免れ寿命を延ばすとの意義が明確にされた[3]

放生会は、養老4年(720年)の大隅日向両国の隼人の反乱を契機として同年あるいは神亀元年(724年)に誅滅された隼人の慰霊と滅罪を欲した八幡神託宣により宇佐神宮で放生会を行ったのが嚆矢で[4]、石清水八幡宮では貞観4年(863年)に始まり、その後天暦2年(948年)に勅祭となった。

明治元年(1868年)4月24日に神仏分離のため仏教的神号の八幡大菩薩が明治政府によって禁止され、7月19日には宇佐神宮や石清水八幡宮の放生会は仲秋祭や石清水祭に改めさせられた[5]。本祭開催日も、古来より1200年以上、旧暦8月15日の祭礼として行なわれてきたが、明治の廃仏毀釈により、10月10日(仲秋祭)に変更を余儀なくされた[6]

Wikipedia「放生会」より 2015.9.13取得 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%94%BE%E7%94%9F%E4%BC%9A

生き物を助けることで恩返しがある、というのは「鶴の恩返し」や「浦島太郎」など昔話でもいろいろ語られていますよね。

たくさんの出店に魅了されますが、神事もちゃんとあります

まぁ、金魚すくいだったりベタすくい、カメ釣り、ウナギ釣り、ひよこ釣り(まだあるのかな?)etc…

金魚②

本来のお祭りの目的とは離れた出店も出ていたりします。

 

秋雨と放生会

放生会と言えば、雨の印象があります。

9月中旬、ちょうど秋雨前線が活発になる時期です。

夏が終わり、日差しも和らぐこの時期の、うすどんよりとした秋の長雨はとても風情があるものです。

 

 

しかし、長雨や台風、集中豪雨などによる水災は考え物です。

今年の雨・台風は、茨城県常総市の鬼怒川の氾濫をはじめ、北関東を中心に大きな被害が出ています。

九州でも、平成24年7月の九州北部豪雨は記憶に新しい豪雨による災害がありました。

狭いエリアでの突然の集中豪雨など、予測できない急な天候の変化の多い時期です。

ハザードマップの確認や万一の際の集合場所、通信手段の確保などは大丈夫と思っていても、再確認が必要です。

 

 

 

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